【ヘラルド都市伝説:1】

「食パンをなにも付けないで食べる呪い」

これは、数年前、私(Suketi)とkaiが〇県に旅行に行ったときの話である。

当時、二人はボロボロの軽自動車で 「無計画ドライブ」 にハマっていた。
土日に一泊二日でふらっと旅に出る。
宿も 素泊まり3,000円以下 というルールのもと、前日に適当に決める。
目的地もなければ、明確な計画もない。ただ行きたい方向に車を走らせるだけ。

そんな 行き当たりばったりの旅で泊まったホテルで、私は呪われた。

——21時、チェックイン

その日は予定より長く移動してしまい、21時を過ぎてようやくホテルへ到着した。

車を降りた瞬間、私たちは思わず顔を見合わせる。

「……やばくないか?」

それは、事前に見た予約サイトの写真と あまりに違いすぎたから だった。
確かに、建物は古めかしいが、写真では明るく照明が灯り、落ち着いた雰囲気のホテルに見えた。

だが、目の前にあるのは 明らかに廃墟のようなホテルだった。

玄関前に看板はあるが、光がついていない。
建物の周囲は妙に静かで、街灯も少なく、辺りは暗闇に包まれていた。

「……まぁ、予約しちゃったしな」

私たちは仕方なく中へ入ることにした。

玄関の扉を開けると、内部も異様な雰囲気だった。

暗い。

ロビーの照明はついているはずなのに、なぜか 異様に暗い のだ。

ホテルのエントランスは通常、明るく迎え入れてくれるものだろう。
だが、ここは違った。まるで 明るさが吸い取られているような感覚 があった。

私たちは恐る恐るフロントへ向かった。

カウンターには、一人の フロントマン がいた。
だが、その男の様子がおかしい。

手が、震えている。

何かに怯えているように、小刻みに手を震わせながら、私たちに鍵を渡してきた。

「……本日、お部屋、こちらでございます」

震える声でそう言うと、男は私たちを見ず、すぐに視線を逸らした。

私たちは無言で鍵を受け取った。
なぜか 妙な緊張感 があった。

「……これ、普通じゃねぇよな」

kaiが小声で囁く。
私も同感だった。

だが、それよりも 本当に異常だったのは、その後ろの光景だった。

フロントの奥に、ガラス張りの小さな 事務所 があった。
そこには、ひとりの老婆が座っていた。

古びたブラウン管テレビに映る砂嵐を、ただ黙って見つめている。

動かない。
まったく動かない。

まるで時間が止まったかのように、ただ じっと砂嵐を眺めている のだ。

私とkaiは、一瞬で視線を交わした。

「これはヤバい。」

なぜか分からないが、本能的に 「この空間にいてはいけない」 と感じた。

鍵を受け取ると、私たちはそそくさとエレベーターへ向かった。

部屋に入るなり、私は言った。

「……無理だわ、ここ。」

kaiも頷く。

ホテルの 空気そのものが重たい のだ。
妙に静かで、落ち着かない。

「もう寝ようぜ」

私たちは無駄に考えすぎるのをやめ、荷物を置いた。

——だが、この後すぐ、私は呪われた。

ここから先の記憶がない。

後日、kaiから聞かされた話である。

部屋に荷物を置くなり、私は唐突にコンビニへ向かったらしい。
そして、何を思ったのか 食パンを一袋だけ購入。

部屋に戻ると、無言で食パンをちぎって食べ始めたという。

「美味しい……美味しい……」

焼かずに。
何もつけずに。
ひたすら 無表情で 食パンを食べ続ける私。

kaiは言った。

「お前、正直めっちゃ怖かったぞ。」

考えてみてほしい。
旅先の安宿で、唐突に食パンを買いに行き、
何もつけずに食べながら 「美味しい」 を連呼する同行者。

私がkaiの立場だったら、絶対に関わりたくない。

食パンを3枚ほど食べた後、私は眠りについたらしい・・

——巫女に睨まれる

翌日、私たちは観光ついでに神社へ立ち寄った。

正直、ここでも記憶が曖昧だ。
しかし、kai曰く 「巫女がすけちを悍ましい形相で睨んでいた」 らしい。

巫女と目が合った瞬間、彼女の顔が 「お前は何かを背負っている」 とでも言うような歪んだ表情になったという。

kaiが不安になり、こっそり お祓いをしたほうがいいのでは? と提案してきたが、私は特に気にしなかった。

なぜなら、何の自覚もない からである。

ただの気のせいだろう。
旅の疲れで、kaiの見間違いだったのだろう。

……そう思っていた。

だが——

——明確な変化

あの日以降、私の 「食」に対する感覚が変わった。

・パンには何もつけない方が美味しいと感じるようになった。
・とんかつにもソースをかけなくなった。
・カレーのルーの量が減り、ご飯メインになっていった。

塩、醤油、ソース、ケチャップ、バター……
そういった 「何かをつける」という概念が薄れていった。

最初はただの好みの変化かと思っていた。
だが、振り返ってみると 変化の起点はあの夜である。

あのホテルに泊まった夜。
私が 無心で食パンを頬張り続けた、あの瞬間から。

呪いは、本当に存在するのかもしれない。