【10の方程式 #3】対決ダブルアナゴ天丼

こんにちは、Suketiです。

このコーナーでは、私の友人(友人は私のことを猿だと思っている)であるナンバーアルケミストH氏を紹介していきます。
何気ない日常の中に、思わず「なんでそんなこと考えるのか!?」とツッコミたくなるような天才的発想を持つ者がいる。
今日は、そんな “思考の怪物” とも言うべきH氏の話の第三弾。

H氏と街を歩いていると、車のナンバープレートが目に入るたびに、突然計算を始めるのだ。
車が通り過ぎるまでのわずかな時間で、必ず 四則演算を駆使して10を作り出す 。
できないと悔しがり、次のナンバーでリベンジを誓う。

そんなH氏の思考回路に触れていると、私はいつも「世界の見え方が違うんだな」と思い知らされる。
そして、その日もまた、彼の “別次元の思考力” によって私は衝撃を受けることになるーー。

これはヘラルドメンバーで千葉県を旅行していた際の話である。

ヘラルドの旅には、一つの風習がある。
それは、「道中、ご当地の天丼を食べること。」

決まりというほど厳格なものではないが、気づけば毎回そうなっていた。
今回の旅でも、事前にご当地天丼が食べられる店を調べ、開店前から並んでいた。

お目当ては 「ダブルアナゴ天丼」 。
その名の通り、巨大なアナゴが二匹も乗った強者だ。

しかし、問題がある。
今回の天丼は大盛であるということだ。

我々は、大食いではない。
むしろ、私は少食の部類に入る。

それでも、これは旅の風習である。
並んだ以上、挑むしかない。

「ダブルアナゴ天丼、人数分ください。」

席に案内されると同時に、店員に注文を告げる。

ほんの少し、渋く、カッコつけて言ってしまったのは緊張のせいだろうか。

しかし、それがまずかった。

一度カッコつけてしまったからには、もう弱音は吐けない。

料理が提供されるまでの間、我々は無言で腕を組み、待ち続けた。

そして——

ついに、それは運ばれてきた。

「……でかい。」

丼の上には 堂々たるアナゴが二匹 、横たわっている。
さらにその下から、野菜天が申し訳なさそうに顔を覗かせていた。

圧倒される間もなく、我々は箸をとった。
食べるしかない。

ひたすら食べる。

アナゴの香ばしさ、ふわっとした身、タレの染みたご飯——どれも美味い。
美味い、はずだった。

しかし、どうにも減らない。

ふと、他のメンバーを見渡す。

全員、明らかに苦しそうだ。

H氏は、すでに動きが鈍い。
kaiも、箸を持つ手が少しずつ遅くなっている。

しかし、我々は最後まで食べきらねばならない。
なぜなら、もう 「頼んでしまった」 からだ。

気づけば、視界が滲んでいた。

涙が溢れていた。

まさか、天丼を食べながら涙を流す日が来るとは思わなかった。
米の一粒一粒に、己の未熟さが滲みる。

そんな時、ふと隣のテーブルから聞こえた。

「ダブルアナゴ天丼だって? 俺、食べちゃおっかな〜。」

若いカップルの彼氏が、メニューを見ながら軽いノリで彼女に話している声が聞こえた。

——おい、やめておけ。

お前は見えていないのか。

この隣のテーブルで起きている惨劇が。

大の大人が、涙を流しながら 終わりの見えない天丼にかぶりついている姿が。

私は心の中で必死に訴えた。

「悪いことは言わない。その考えは今すぐ捨てろ。」

彼女の前で情けない姿を晒すことになるぞ。
「もう無理だ……」と箸を置く日が、今この場で訪れるかもしれないんだぞ。

だが、彼は注文した。

——合掌。

しばらくして、Kaiが最後の一口を食べ終えた。
H氏も、残りのご飯をかきこむ。

完食。

完食した2人は戦いを終え、ただ天井を眺めていた。

残るは、私だけ。

……しかし、まだアナゴが一匹残っている。

箸を持つ手が止まりそうになる。
その時——

H氏が静かに言った。

「初めから頼むな。」

何も言い返せなかった。

「食えないなら頼むな。」
まさにその通りだった。

そこで、意を決して店員にタッパーをもらおうとした瞬間——

俺の前から、天丼が消えた。

何が起こったのか、一瞬理解できなかった。

視線を移すと、H氏が無言で私のアナゴを頬張っていた。

彼だって、もう限界のはずだった。
それでも、H氏は 黙々と最後の一口まで食べきった。

そして、何事もなかったかのように言う。

「味噌汁(付け合わせ)は自分で飲めよ。」

俺は、黙って味噌汁を啜った。

ありがとうH氏。

この日私は無事にお店を出ることができた。

この感謝忘れてはいけない。

隣の席のカップルには視線を向けなかった。
私には見る資格はない。
できることは彼の無事を祈ることだけだ。

To Be Continued…